HIPHOP

ザ・ブルーハーブのBOSSが、TOKONA-Xとの間にあった真実を話している【ビーフの真相】

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今回BOSSが話しているのは、2000年台初頭に起こったBOSS対TOKONA-Xのビーフ(喧嘩)の真実。そしてその後の関係だ。

当時誰もが知りたかった『事件の真相』をBOSSがホームページで話している。

その前に2人をご存じない方に軽く説明しておく。

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2人のトップMC

tha BOSS(THA BLUE HERB)

当時のBOSSと言ったらメジャー路線バリバリのHIPHOPシーンに、北海道から尚且つインディーズという立ち位置で、ディープなトラックと突き刺さる言葉と文学的なリリックを武器に殴り込みをかけ、みごとプロップスを勝ち取ったラッパーとしてシーンに名を馳せていた。(噂じゃそのアルバムの売上だけで一生食っていける金を手に入れたとか、入れないとか。) 現在はジャンルレスの巨大フェスから真夜中のクラブまで場所を問わず活躍中。

TOKONA-X(M.O.S.A.D.)

一方トコナといえば、若干17歳にして伝説的イベント「さんピンCAMP」に出演。リリースされたサンピンのビデオで自分たちがカットされていたことにブチ切れ、当時HIPHOPシーンの全てともいえる「東京」をディス!!その後も名古屋を拠点に悪名をばら撒き続けた。「豪傑」「ならず者」といった男なら一度は憧れるであろう要素をすべて持ったラッパー。またぶっとんだ完全にオリジナルのキャラで、アーティスト、ヘッズ問わず関わる人すべてを虜にした男。それが「TOKONAーX」だ。

BOSSとTOKONAのビーフ

当時、この2人は常に話題をかっさらっていた。誰もが注目する強烈な個性を持った2人のラッパー。その二人がビーフ。大事件だった。

いや、正確には大事件になりかけていた。

というのは当事者2人の煮え切らない態度にあった。

ビーフといえばメディアや音源を通して相手をコテンパンに罵倒するいわば喧嘩だ。だがそんな雰囲気が一切なかったのだ。

あったのはTOKONAの曲の中だけ。

ただその曲が強烈過ぎた。そりゃそうだ。TOKONAが手加減なんかするわけ無い。

※聴き終わってから読み進めるのをおすすめします。

だけどその後何事もなく収束していった。

みんな何があったか気になった。知りたくてしょうがなかった。

だが2人は多くは語らない。

当時(といっても少したってからだが)BOSSは「俺はトコナをディスしたつもりはない。二人の間であったことを話すつもりもない。」といっていた。

一方トコナは「俺が勘ぐっちゃって…一番嫌な言い方しちゃったから…」みたいなことを(WOOFINだったかな?)インタビューで話していたのを覚えている。

そしてそのまま真相は闇の中へ…。

その間「ボスがトコナに土下座した」やら「トコナがボスをボコった」やらいろいろな噂が立っていた。

それから数年後…

 

TOKONAが死んだ。

そして今

そして事件から10数年たった今、TOKONAの地元のクルー「BALLERS」のDJ RYOWが自身のアルバムにBOSSとTOKONAのコラボ曲を入れたいとBOSSオファー。それをBOSSが受け、曲を制作。そんなことがきっかけで『2人だけが知っている真実』を話す気にになったのだそうだ。

ではどうぞ。

二人の間であった真実

DJ RYOWのアルバムに参加しました。詳細はこちらから。今回はあるラッパーとバースを分け合いました。そのラッパーとは…TOKONA-X!長くやってるとこんな日も来るんだね。俺自身、この機会は正直予想していなかった。TOKONA-Xはすでにこの世にはいない。ましてや御存知の方も多いとは思うけど、俺はTOKONA-XにDISられてもいるし。だから、RYOWからこの話をもらった時は、最初は躊躇した。DISの件は既に10年以上昔の話だ。ここじゃよくある話だ。ただ、もしもTOKONA-Xが生きていたら、俺などにオファーを出したかな、とか考えた。でも、それでも一歩踏み出した。許されざる者ってのは承知の上で、あの正真正銘不世出の豪傑の生と死に精一杯の言葉を捧げさせてもらった。ここからは、今世紀初頭に一瞬すれ違った、俺とTOKONA-Xの縁について話そう。

このまま墓場まで持っていこうと思っていたが、この機会に憶えている全てを話そう。少なくとも、俺とTOKONA-Xとの間を飛び交ったデマや憶測や作り話は全部風化していった。ここに真実を残しておくよ。俺は当事者の1人だ。そしてTOKONA-Xは死んでしまった。生きている片方が話す以上、真実だけを話そう。

俺がTOKONA-Xというラッパーの名前を初めて知ったのは、まだTHA BLUE HERBを始める前だった。札幌の仲間が名古屋に行った時に、街中で地元の人間とモメたという話からその名前を聞いた。その仲間は俺より年上で、札幌でもイケイケだったから、俺自身、そんな人とやり合う奴が名古屋にいるんだ、とかって思ってた。その前後にさんピンがあり、唯一名古屋から乗り込んでいったラッパーがいたらしい、それもまたTOKONA-Xだった。あの時代は俺等も札幌以外でライブなんてした事なかったし、インターネットも普及してなかったから、日本のヒップホップシーンもまだまだ広くて、時々断片的に入ってくる、札幌から遠く離れた街のヒップホップ情勢を、こっちはこっちで深読みしながら想像してた。北海道から先の世界なんて外国みたいな感覚だった。そんな時代だった。

1997年にTHA BLUE HERBを立ち上げた時には、既にTOKONA-XはDJ刃頭とILLMARIACHIでアルバムを出していた。俺等よりも常に先を行ってた。アルバム単位で出しているラッパーはあの当時数える程しかいなかった。東京から聴こえてくるヤワな(俺にはそう聴こえてた)ヒップホップとは全然違うハードコアなノリは俺等もばっちり認めてた。っていうか同じ何かを感じてた。「RAP WARZ」という全国のラッパーの楽曲を集めたコンピレーションアルバムに俺等も誘われて、そこにTOKONA-Xも入ってた。俺はそれに入ってる曲の中で、自分の曲以外はTOKONA-Xの曲しか聴いてなかった。その内、俺等も札幌から日本中にライブに呼ばれる時代が始まって、遂に名古屋に行く日が来た。その日の景色は同じ名古屋のラッパーG.CUEと一緒に創った曲「真夜中の決闘」でラップしてる。とにかく、会場はデカいし、お客は満員、何より、出演サイドの不良っぷりに超ヤラれた。これ程ハードコアなのに、ビジネスとしてちゃんと成り立ってる名古屋のシーンは、当時俺が日本中で見てきた何よりも特異だったし、純粋に格好良かった。その日に知り合った名古屋の顔役達との交流は今でも続いている。そんな中でもTOKONA-Xはやはり際立ってた。間違いなく中心にいる雰囲気だった。その日は少しだけ挨拶した。ライブもお客の上からがっつり見下ろす感じで、荒削りで、来る前に思っていた名古屋のヒップホップのイメージ通りの立ち振る舞いだった。刃頭と「野良犬」を創ったのもその前後だった。

それから時間が経って、2002年、俺等は2枚目のアルバム「SELL OUR SOUL」を発売してツアーに出た。ツアー3ヶ所目が名古屋だった。その日、名古屋の友人が俺に言った。「BOSS、TOKONA-Xとモメてる?」と。俺は何の事だか全然解らなかった。俺はすぐにTOKONA-Xに電話をかけた。事の真相はこうだ。俺等がアルバムの前に出したシングル「A SWEET LITTLE DIS」の中の歌詞、「XXX DIS」っていう箇所を聴き、自分の刺青をDISられたと思ったTOKONA-Xがそれに反撃する曲を録った。当然だけど俺にはそういう意図はなかった。むしろ俺はTOKONA-Xのファンの1人でもある。っていうか東京のラッパー連中に狙いをつけてはいたけれど、TOKONA-Xに何かを言いたかったワケじゃない。だから、俺はこのDISは心外だと伝えた。電話越しのTOKONA-Xの表情までは窺い知れなかったが、お互いの会話は落ち着いていた。でも、もうリリースが決まってる、止められない、と言った。俺はそれがリリースされようがどうでもいい、ただ、俺はTOKONA-XをDISっちゃいない、それだけ告げて電話を切った。するとすぐに折り返しで電話がかかってきた。俺等は少しだけまた話した。

自分が認めているラッパーにDISられるのは悲しい事でもあった。ましてやそこに起因しているのが誤解ならなおさらだ。だから俺はすぐに直で話した。そこで誤解を晴らした以上、本人にも言ったが、それから先の事は構ってなかった。逆に良い機会だとすら思っていた。あの頃の俺等は周りの全てを拒絶していたし、自分等の居場所を作るためには多少の争いやいざこざもしょうがない、と思っていた。だから身から出た錆って意味で、いつか、誰かから、自分等がやった事を手痛く返される時が来る、覚悟はしてた。同時に、そうなった時、誰が味方で誰が敵かがはっきりする。その曲が発売された後、俺は、シーンを冷静に見てた。

後日、札幌にライブに行くから観にきてほしい、と連絡が来た。それも俺をDISった曲が入ったアルバムのツアーらしい。俺は迷ったけど足を運んだ。舞台はキングムー。そこに集まったB-BOY達のほとんどが、今、シーンを騒がせているTOKONA-Xというラッパーを観にきたっていう雰囲気だった。最後にあの曲をやる前に、何かを話してたけど、俺にはよく聴き取れなかった。でも、その後にTOKONA-Xは叫んだ。それは憶えてる。俺は、そこにこの日への、札幌への、そして俺や俺をDISった曲への覚悟を感じ取った。熱かった。俺をDISる曲を聴きながらも、俺は不思議にも上がっていた。俺等にFUCK YOUと言え、と叫びTOKONA-Xはステージから去っていった。同じ頃、シーン全体で、あのDIS曲は大きな反響を持って迎えられた。そしてもちろんそれだけが発端ではないが、TOKONA-Xにも大きな追い風が吹いていた(ように見えた)。再び名古屋で同じライブで居合わせた時、数年前に観たライブに比べ、そのスケールが何倍にもなっていた。あれには驚いた。もうただ唖然とする感じだった。DEF JAMとの契約、そしてソロアルバム、表紙を飾ったBLASTを読みながら、TOKONA-Xの躍進を
俺は素直に喜べた。東京以外からのし上がってきて、俺のようにずっとアンダーグラウンドに留まるのではなく、いきなりメジャーと契約して、しかもそれまでのやり方を変えずに痛快にやりたい放題やっているTOKONA-Xを見てて、憧れってワケではないけれど、何と言うか、とにかく輝いて見えた。でも、相変わらず巷では悪意を伴った作り話が騒いでいた。俺は土下座なんかしちゃいない。時々、もうすっかり治ったと思っていた傷がズキズキと痛んだりもした。

それからも、俺等が名古屋にライブに行くと、終わった後、友人からTOKONA-Xが1人で観に来ていた事を聞く事が数回あった。1人で来て、観て、そのまま帰る。俺は過去には全くこだわっていなかったし、それよりも話してみたい事が沢山あったけど、そんな関係性も悪くない、きっといつか"その時"は来るって思ってた。ある夜、札幌で、また同じ場所でライブが入った。俺等の出番の方が早くて、サクッと盛り上げて、会場をうろついてたTOKONA-Xと再会した。そのまま店のカウンターでいつもよりも長く話した。会話は、今までで最も穏やかだった。笑顔で話した。それが、俺がTOKONA-Xと会った最後の夜だった。

"その時"は来なかった。俺はそれ以来、俺以外のラッパーとの争いを意識して避けるようになる。 一方的に削ってくるDISはほとんど放っておいた。そいつらは別に最初っから構っちゃいない。ただ、俺が認めているラッパーとは、無益に争うよりも、こちらも最初から心を閉じずに接していこうと思うようになったし、そう行動してきた。その延長が、今回のソロアルバムに続いていると言っても過言じゃない。いつか来るはずの"その時"も、必ず来るとは限らないって事を学んだ。あれ程までに天下無双を誇っていたTOKONA-Xの突然の死、それは、ちっぽけな意地やメンツの張り合いで貴重な時間を無駄にしていたら、何か新しい事が生まれる前に、今生の別れが突然襲ってくる事だってあり得るっていう教訓となった。違いをあげつらう事の無益さに俺は気付く事が出来たんだ。TOKONA-Xが死んだ1ヶ月後、俺等は名古屋でライブをやって、翌日、クラナカと一緒に線香をあげにいった。その時、DJ RYOWもいて、軽く挨拶をした。

以上が俺とTOKONA-Xとの間に起こった(俺からの視点の)全てだ。きっとTOKONA-X本人や、周りにいた人達からは、また違った景色が見えていただろう。どっちにしても、俺等は、何かが始まるかもっていう前に、数回だけすれ違った。それっきり。美談なんかじゃないが、これも"IN THE NAME OF HIPHOP"。

DJ RYOWから連絡をもらって、 TOKONA-Xの生前のラップに俺が言葉を添えるというアイディアを聞かせてもらった。今回は本人から直でもらったオファーではないから、俺がああして声を重ねる事をどう思っただろう。TOKONA-Xの声は全てあの頃のままに若々しく、猛々しく、不敵で、そしてその不変さが逆に儚さを漂わせていた。俺とRYOW、エンジニアさんで、スタジオにはいない、この世のどこにもいないTOKONA-Xのラップを、何度も繰り返して聴いていた。どんな形であれ、こうして共演する機会を与えてくれたDJ RYOWに感謝してます。俺はもう諦めていたよ。奇跡的に"その時"を実現させてくれてありがとう。そしてあの2002年の一件以来、色々とさりげなく気を使ってくれていた、口数は多くはないけど、義理堅い名古屋の強者達にも感謝を。いつもありがとう。

TBHR [THA BLUE HERB RECORDINGS]JP

 

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感想

TOKONAがこの世にもういないという事実はいつまでたっても受け入れがたい。TOKONAはHIPHOPシーンどころか日本の音楽の概念を変えてしまうようなエネルギーとカリスマ性を持っていた。これは決して大げさな話なんかじゃない。当時のTOKONAという人間を目の当たりのした人ならわかってくれると思う。体もでかいし、声もでかい。オリジナルのリリックにフロウ、それに哲学。そして何より熱かった。ハートがずば抜けていた。

そんなTOKONAとBOSSの物語を聞いていると当時の空気感だったり感情がフラッシュバックして感慨深かった。BOSSほんとうにありがとう。

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